皇族が視察に来る。
それは大変名誉な事だった。
総督であるクロヴィスは、軍関係を全てバトレー将軍に任せきりだったため、視察などしていない。だが、先日エリア11に来たらしい皇族は、KMFに興味があるのか、バトレー将軍を通して視察の申し入れをしてきた。その視察先が特派というのは気に入らないが、管轄は違えどもエリア11にいる間は、こちらの軍の一部。たとえ第二皇子の肝いり部隊とはいえ、ブリタニア正規軍からの命令に逆らうことは出来なかった。
命令、それは視察の際に軍の上層部の者達が同席すること。そして、名誉ブリタニア人である枢木スザクは同席させないこと。
第二皇子の名を出して拒否することも出来たのだが、相手を怒らせれば戦闘に参加させてもらえなくなる可能性がある。特派がエリア11に来た理由は、テロが活発な国だったから。戦闘データを取るのが目的なため、渋々ではあるが了承した。
そして次官となり、視察にやってきた皇族に対し、軍人たちは取り入るためにあの手この手を尽くしてきたが、その皇族は彼らの相手をすることはなく、唯一の第七世代であるランスロットの情報を求めてきた。
皇族とコネクションを作りたい面々は、諦めることなくつきまとった結果、視察の邪魔だと特派に関係のない軍人たちを追い出し、ようやく静かになった所でランスロットを動かさないのか?という殿下の発言から・・・この一件は始まった。
パイロットには午後から休暇を取らせておりますと、セシルがひたすら頭を下げ。
ならば今は何処にいるのだと、パイロットのデータに目を通しながら殿下が尋ね。
自室で休んでおりますとロイドが返し。
自室なら尋ねて行けば話しぐらいできるか、と殿下が言いだし。
先日のシンジュク事変で負傷し、いまだその傷は癒えていないため、午後からは自室のベッドで安静にしています。とセシルが慌てて返し。
最近碌に睡眠時間を取れなかったから私も眠い。丁度いいから、私も一緒に休ませてもらおうと、いたずらっ子の笑みを浮かべた殿下が決定を下し。
その意味を瞬時に理解した面々は顔を青ざめ、ならば休憩する場所を用意しますと、皆が慌て説得を始め。
パイロットとはじっくりと話しもしたいから必要無い。と殿下が拒否し、部屋は何処だと言いだして。
この決定は覆らないと判断したキューエル達が先回りして、部屋の清掃とスザクへの説明を・・・というのがさっきまでの流れだ。
現実逃避を始めそうな思考で、スザクはそこまでは理解した。
「いいか、何があっても寝たフリをし、殿下の睡眠の邪魔はするな」
「ならば、自分は起きていたという事にしたほうが」
言われていたのは、あくまでも自室での待機。
寝ていなかった事にすればいい。
だから私服に着替えてしまえば解らないのでは。
「それが出来なかったからこうなったのだ!殿下は枢木の眠りを邪魔をするなら容赦はしないとまで仰せられて・・・!!」
だから寝ている事が大前提なのだと、キューエルは苦々しく言った。
結局、妨げはしたのだが、これは苦渋の選択だったのだろう。
いきなり何の前触れもなくその殿下がやってきて、何かあったら困るし、スザクも突然皇族が尋ねてきたら、どう対応していいのか困っただろうから、彼らの行動は素直に喜ぶべきものだった。
なにせ、これは冗談などではないのだ。
本気で全員が苦悶の表情をしているのがその証拠。
すると、ヴィレッタと呼ばれた女性軍人に連絡が入った。
短い返答の後すぐに通信を終えると、まるでここは戦場かと思えるほどの真剣な表情と声音でヴィレッタは口を開いた。
「キューエル卿。殿下が間もなくこちらに」
ごくり、と思わず固唾を飲んだ。
「・・・やはりジェレミア卿は説得に失敗したか・・・枢木!いいな!寝たふりをし、絶対に目を開けず身動きもするな!同衾するとはいえ、殿下に手を出したら、その命、無いと思え!!」
「イエス・マイロード!」
スザクにはそう返答するしかなく、何でこんなことに、皇族相手だから迫られても逃げ切れないよね・・・と、陰鬱な表情になったのは許して欲しい。
相手の性別は解らないが、もしそんな現場を見られたら、全ての責任を追うのは名誉であるスザクだ。
こんな理由で処罰とか受けたくないのにな・・・。
流石に・・・もしそうなっても、死刑にはならないよね・・・。
ああ、相手が男だった場合どうしたらいいんだろう・・・掘るのも掘られるのも御免なのに。軍もそうだけど、皇室もそういう話は多そうだ・・・考えたくはないが。
そんな事を考えながら洗いたての部屋着に着替えたスザクは、こちらも洗いたてのシーツに変えたベッドにもぐりこむ羽目となった。
ベッドの半分を開ける形で横になる。
本来なら壁側に体を向け、出来るだけ空間を空けるべきなのだが、室内側に体を向けることで、自分が眠るにはスザクの体を超える必要があると判断し、殿下が諦めるかもしれないと言われ、そのようにした。
彼らは殿下の気が変わる可能性に一抹の希望を抱いている。
もちろんスザクもだ。
だが、ここまで自分の意思を強行した皇族が、その程度で意思を曲げるだろうか。
曲げさせるなら、この部屋を汚部屋にし、足を踏み入れるのも嫌だと思わせるべきだったのではないか。・・・今更それを言っても仕方がないので言わないが。
スザクが横になり目を閉じたのを確認し、全員が慌ただしく部屋を後にした。
足音が遠ざかり、しんと静まり返った後、暫くしてから複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。ああ、来たんだ。盛大なため息をついたスザクは、念のため毛布で顔を覆った。僅かな表情の変化はこれでごまかせるはずだし、見ざる言わざる聞かざる、ここを乗り越えるために必要なのはそれだと気がついたのだ。
そして、控えめなノックの音が聞こえ、その後扉が音もなく開いた。
カツリカツリと靴音を鳴らし、誰かが室内に入ってくる。
歩幅や歩き方で軍人でない事だけはわかった。
音もなく扉が閉まる。
室内に入ったのは一人。
噂の殿下なのだろう。
室内を見回した皇族は、あまりの狭さに驚いたのか、くすりと笑った様な気がした。そしてまた歩き出すと、どうやらタンスに手をかけたらしく、何やら探している。庶民、それも名誉ブリタニア人の所持品に興味があるのだろうか。
幸いタンスの中の衣類は、特派に入ってから新たに購入したものだから、見られて恥ずかしいものはないはず。
すると、暫くして衣擦れの音だけが聞こえるようになった。
ああ、成程、皇族だから着ているのは皇族服。
それを着たまま横にはなれないから、着替えを探していたのか。
皇族と言えば、従者を大量にひきつれ、着替えも従者に手伝わせると聞いたが、この殿下はそう言うタイプでは無いらしい。音から、衣類はハンガーに掛け、申し訳程度にあったハンガーラック・・・私服のコートと特派の制服が掛けられている場所に掛けたこともわかった。
静かにこちらに近づく音が聞こえ、スザクを起こさないよう注意しながらその体をまたぐ形でスザクの後ろへ移動した。ぎしりと、二人分の重みを受けたベッドがきしむ。
やはり諦めてくれなかったかと、僅かに落胆した。
そして静かに横になると毛布を体に掛け、腕をスザクの体に回し、背中に額を着けるという姿勢が完成したのだ。
・・・本当に添い寝なんだ。
最悪の事態も考えていたが、数秒後にはすやすやという寝息が聞こえてきたので、思わず全身に入っていた力を抜いて、ほっと安堵の息をついた。
なんだろう、一人で寝られない体質なのだろうか。
それなら従者を連れて来ているはずだし、パイロットと添い寝する理由にはならない。別室で休むのが本来の形であって、名誉ブリタニア人の一兵卒の私室にやってくるのはどう考えても・・・100歩譲ってもおかしい。
おかしい以外に回答など無い。
やることもないし身動きも取れないため、こうなった原因を想像するのだが、情報が足りなすぎて、皇族の気まぐれ以外の回答が出なかった。